長岡ブランド

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長岡は、新潟県の中央に位置する県内2番目の大きな都市です。
長い歴史と美しい自然の中で培われた長岡は、
全国でも大きな財産をもった地域として、注目されております。

歴史ある街 長岡

例えば、縄文時代。歴史的な発掘物として「火焔型土器」と呼ばれる縄文土器を発掘しています。
これはこの信濃川に隣接する地域にしか発掘されておらず、縄文時代にこの長岡地域に人がいたことが分かります。
戦国時代では、日本全国でも有名な「上杉謙信」が長尾景虎姓時代に納めていた地域でもあります(栃尾地域)。
景虎は、栃尾城を足がかりに家督争いや内乱を納めていき、しいては越後統一をはたしました。
この後、春日山城に入り、越後守護となり上杉謙信と名乗ったのです。
また、その後2009年に大河ドラマで取り上げられた「直江兼続」の拠点があった地域(与板地域)でもあります。
越後の重臣でもあった直江家の名跡を継ぎ、名実ともに上杉景勝を支え、上杉家の発展に尽力していました。
幕末には、長岡藩の先頭に立ち、薩長に抵抗した河井継之助や「米百俵の精神」で有名な小林虎三郎など、
多くの偉人・著名人を輩出し、歴史的にも有名な土地なのです。

新潟県の交通要所

新潟県内の中央に位置する長岡は、
県内・県外への交通アクセスが優れている地域です。
東京には、JR上越新幹線で約100分、関越自動車道で約180分で行ける距離にあります。
東北方面の山形県や福島県、北信越方面の石川県、富山県、長野県へもアクセスできる環境があります。
このようなアクセス環境を持っていることにより、
工業・商業共に栄えており、そして、観光にも大きく貢献しております。

日本一の大花火「長岡大花火大会」

昭和20年8月1日太平洋戦争末期、長岡市は空襲を受けました。
これにより旧市街地のほとんどを焼きつくされ、尊い1460余人の命が消え、6万人もの人々が家を失いました。
長岡市では、この悲しい日を長岡市復興への意義ある日とするため、
1年後の昭和21年8月1日に「長岡市戦災復興祭」を開催しました。
これが市民の共感を得て年々盛んになり、昭和26年からは「長岡まつり」と名前を変えて現在に至っています。
今では、全国で最大級の大型花火を上げる花火大会として有名で、
年々来場者が増え、会場は大賑わいです。
この長岡まつりでは、
超特大花火の名物「正三尺玉」、
震災復興を祈願してつくられた「フェニックス花火」、
夜空を華麗に彩る数々の「大スターマイン」など、
2日間で計20,000発を打ち上げます。